1923年5月11日~20日(嘉三14歳)

5月11日 金曜日 雨

朝、歴史の講義を読む。

5月12日 土曜日 晴

朝、近来まれなるひょうがふり、雷がなる。

東屋の立舞(建前)なので、手傳いに行く。

午後、警部補と一人の巡査みたいな人がきて、銚子屋の裏のあたりにきた。

夜る、八幡※でトランプをやる。

夜七時半頃、裏の堀で多日苦心のボートの進水式をやる。

結果 不良 ※八幡 駅前の八幡屋(成田安重君の家)。呉服用品 小売り

5月13日 日曜日 晴

朝、八幡で。夜遊んで居たので、寝坊してしまった。

八幡で遊んだので。

午後、田村君※の所から端書がきた。

服部さんの所で端書をだした。

夜、八幡屋で、夜トランプをして遊んだ。

※田村茂君 隣の大橋屋(旅館)

5月14日 月曜日 晴

朝、地理の講義を読む。植物の講義を読む。

夕方、すこし 今日の植物の復讐をする。

5月15日 火曜日 晴

新国民がきた。

裏の方を畑にして。

夜、早く寝てしまった。

5月16日 水曜日 曇り

真壁にすり鉢を送った。

野外(植物)研究に行く。

学の友の発行がきまる。

夜、早くねてしまった。

真壁で男の子※が生まれた様だ。

学の友 発会式をやる

※田中良 嘉三の従弟 二科展理事長

5月17日 木曜日 曇り

川に行って馬を洗ってきた。

小林に成田が作文を持ってきた。

5月18日 金曜日

〇を一つ画いた。

片庭※に行く。

人車※に四才になる子供が轢かれた相だ。いてして、死んだ。

今日はあつい。

母が稲田に行く。七時二十分の汽車で帰ってくる。

川田君と画を画いた。

 片庭―父、亥之吉が業を営んでいる場所

 人車―笠間駅から稲田まで人力の駆動車が運転されていた。

5月19日 土曜日 晴

朝、〇〇を画いた。川に遊びに行く。

講義録が○○〇。

〇〇物だな~

5月20日 日曜日 晴

朝、川に礫を取りに行く。後で来栖に。

小林梅さんにブロドラーをもらったので、舟にすいつけだが、思う様に行かぬ。

夕方、大和田の気球が騒いだ。風が吹く。

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